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【フィリピン生活】何かをしてもらったとき反射的に「いくらかな?」と考えるようになった

こんにちは。こんばんは。

体温計がないので、気温が暑いのか自分が熱いのかよく分からないけど、やたらと今日はアツイ!

どーも!フィリピン生活満喫中のカリパイです。

 

何かをしてもらったときに、その対価として相手に支払う報酬。

 

または、自分が相手に対して何かしらサービスを提供し、その対価としてもらう報酬。

 

この最も分かりやすい例が、商品に付いている価格ですよね。

 

表示されている金額を支払うと、その商品を手に入れることができる。

 

逆に言えば、金額を提示することによりその商品と引き替えに利益を手にすることができる。

 

 

日本で暮らしているときは、わりとこれらが「分かりやすい状態」にあったと、フィリピンで暮らしている今、それを痛感しています。

 

もう少し具体的な例で話をしましょう。

 

先日、バイクのタイヤを交換するために、タイヤショップへ行きました。

 

タイヤの交換は、特に問題もなくスムーズに完了しました。

 

そして、異常がないか確かめるために試し乗りをしたとき、ある異音に気が付いたんです。

 

よく見ると、これも先日交換したばかりのフロントのサイドライトのバルブが、ソケットから外れて、走行の振動でカランコロンいってるではありませんか。

 

そのことをタイヤ交換してくれたメカニックに伝えると、「ちょっと待ってな」と言って、すぐに直してくれました。

 

この作業、タイヤ交換とは別作業ですよね。

 

なので、直してくれたあと「ありがとう。いくらですか?」とたずねると、「いくらでもいいよ」という返事が返ってきました。

 

このとき、気持ちとして50ペソを彼に渡しましたが、その彼は笑顔で受け取ってくれました。

 

 

日本にいたときの感覚だと、この作業タダですよね。

 

「サービスでついでにやってよ」みたいな。

 

それか、逆に「この作業は別途いくらいくらです」と事前に明示されるかも知れませんね。

 

 

何が言いたいかというと、フィリピンで暮らしていると、生活のあらゆる場面で「これは支払いが必要かな?」と考えることがあります。

 

チップもそれに当たるでしょうね。

 

商品を購入した際に、もちろんその代金として支払いをします。

 

ですが、例えば購入したその商品を、店員さんが駐車場まで運んでくれた場合に、そのサービスに対してチップを渡すことがあります。

 

チップはこちらから「いくら?」と聞くわけにはいかないので、直接相手に聞くことはありませんが、頭の中では「いくら払おうかな」と考えますよね。

 

つまり、値段が付いていないものでも、「何かをしてもらう=いくら?」と考えるクセがついたというわけです。

 

 

チップを含め、何かのサービスの対価として支払いが発生する状況に対して、「なんでも金を要求しやがって、せこい奴らだ!」と考える人もいるでしょう。

 

そういう人は、「親切=タダ」だと思っているんでしょうね。

 

消費者側からすると、「サービス・タダ・無料」でやってほしいでしょう。

 

ですが、提供側からすると、タダ働きでは飯を食っていけません。

 

このような提供する側の気持ちを以前より随分考えるようになったのも、フィリピンで生活するようになってからです。

 

何でもタダじゃあ~りませんよぉ~

 

言葉だけ見ると、金に汚いイメージがわきそうなところですが、現実はこれが真理です。

 

そんなことをふと考えていた昼下がりのカリパイでした。

 

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