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日本にいる外国人労働者に関する問題から思う「逆の立場になって考える」ことの大切さ

こんにちは。こんばんは。

体育の日といえば10月10日でしょ!あっ、年齢がバレちゃいますね笑

どーも!フィリピン生活満喫中のカリパイです。

 

日本は三連休の最終日。いかがお過ごしでしょうか。

 

今日は、いつもと違って少し真面目に語りたいと思います。

 

こういう前置きをすると堅苦しくなってしまいそうですが、気楽に読んでくださいね。

 

 

残念な記事を見つけた

 

先日ウェブニュースを見ていて気になるものがありました。

 

 

「日本人に代われ」「まともな日本語を話せ」――。小売店や飲食店で働く外国人が増えるなか、客などから嫌がらせを受ける事例が相次いでいる。外国人への偏見は根強く残り、企業や行政は安心して働ける環境づくりに苦慮している。

引用:日本経済新聞 電子版2018/9/28

 

コンビニや飲食店で働く外国人労働者が、心を痛めているというこの記事。

  • 日本人に代われ
  • まともな日本語を話せ

 

こんなことを言う人がいるんですね・・・。

 

確かに、そういった発言をした人がどんな状況下にあったのか分からないので、何とも言えない部分もあります。

 

酔っ払っていたのかも知れませんし、店員さんの不手際が際立っていたのかも知れません。

 

ですが、ちょっと想像してみてくださいよ。

 

母国語ではない言語を使い、文化も風習も違う土地で、接客業をする大変さを。

 

 

日本的な考え方や文化だけで完結する

 

日本には「ここは日本だから日本のやり方に従え」という考え方が広まっているような気がします。

 

その理由は、これまでの歴史が証明していますよね。

 

 

例えば、大学について。

 

大学は高等教育といわれる機関ですが、多くの文献や教育書は日本語で書かれています。

 

学術的にそれが欧米から入ってきたものでも、それらをすべて日本語に訳し、日本人的解釈へと変換されています。

 

ご存知の通り、日本語は世界にある言語の中でもかなり語彙数が多い言語ですよね。

 

その数は、英語よりもはるかに多いんです。

 

つまり、大学レベルの場合、日本語で「表現」したり「説明」したりすることができてしまうため、英語(原文のまま)で学ぶ必要が少なくなるというわけです。

 

もちろん、博士課程レベルになると、英語の学術書を読めなければいけませんが、それはごくわずかな人の話です。

 

こうした背景が、「日本人は英語をコミュニケーションのツールとして使う必要性を感じてこなかった」理由の一つであると考えます。

 

簡単に言ってしまえば「日本にいるなら日本語だけで事足りる」というわけであり、もっと乱暴な言い方をするなら「日本にいるなら日本語ができて当たり前」と考えている人が多いような気がします。

日本国内での思考

日本人:受け入れる側(主人)

外国人:受け入れられる側(従人)

 

こうしたマインドがあるため「外国人労働者=安い労働力」と考える経営者が後を絶ちません。

 

 

「外国人労働者=安い労働力」でいいのか?

 

現在日本では労働力不足が懸念されています。

 

ですが、その内容の多くは「キツい」「賃金が安い」などのいわゆる「やりたくない仕事」においての労働力不足です。

 

「日本人がやりたがらないから、そこへ外国人労働者を当てはめよう」というのは分からなくもないですが、それなら「安い労働力」とするのではなく、彼らには日本人以上の給与を渡すべきです。

 

こうした取り組みを行っている企業もたくさんあるようですが、その数はまだまだ十分とは言えないでしょう。

 

人手が足りない分野を補い、日本社会のために頑張ってくれている外国人労働者への待遇が悪ければ、今後日本という国へ対する愛着や憧れのようなものはどんどんなくなっていき、「日本だけは行きたくない」と言われるようになるかも知れません。

 

外国人観光客の積極的な取り込みもいいですが、日本社会を支えてくれている外国人労働者の待遇改善を先にやるべきだと考えます。

 

 

「受け入れられる側」になる経験が不足している

 

先ほどこのように説明しました。

日本国内での思考

日本人:受け入れる側(主人)

外国人:受け入れられる側(従人)

 

「外国人」と読んで字のごとく、外国の人ですから、理屈上は日本において日本人以外はすべて外国人になりますよね。

 

当然、フィリピンで暮らすカリパイは、ここフィリピンにおいて「外国人」です。つまり「受け入れられる側」となります。

 

程度の差はありますが、これまでの滞在中「やはりここは外国だ」「自分は外国人だ」と感じたことが何度もあります。

 

それは事実なので、そのこと自体をどうこう言いたいわけではなく、あからさまな差別や蔑視を受けたことがあるかどうかについて言及したいんです。

 

結論から言うと、

  • 日本人だからお断り
  • まともなビサヤ語を話せ
  • フィリピン人に代われ

 

このようなことを、フィリピン人から言われたことはありません。

 

もちろん、中にはそういうことを言う人もいるでしょう。たまたま今までカリパイがそういう人に出会ってこなかったのかも知れません。

 

フィリピンにいる別の国の人からは、差別的だと感じる言動を受けたことは何度もありますけどね。(これ内緒)

 

ここで考えるべきは「なぜ多くのフィリピン人は外国人であるカリパイを拒むような言動をしないのか」です。

 

自分なりに出した結論。

 

それは「彼らは受け入れられる側の気持ちを知っている」というものです。

 

「受け入れられる側」の気持ちを知っている人は、「受け入れる側」になっても広い懐をもって接することができるのではないでしょうか。

 

 

先に紹介した、残念な発言をした日本人。

  • 日本人に代われ
  • まともな日本語を話せ

 

きっと彼らには「受け入れられる側」になった経験がないんでしょうね。

 

外国のコンビニで働いてみたら?

 

そうすれば、彼らの大変さが分かると思いますよ。

 

 

まとめ

 

この外国人労働者の問題。

 

政府レベルでの話し合いの場においても、「受け入れられる側」に立った視点をもって議論してほしいと思います。

 

逆の立場になって考えなさい

 

幼稚園や小学校のときに、そう習いませんでしたか?政治家の皆さん。

 

なーんてことを、ちょっと思っちゃったカリパイでした。

 

んじゃまた!バイバイ!

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